#3 "EVR 製作ツール pt.1"

...名古屋で小学生時代の大半を過ごした自分にとって、灼熱とも言える暑さのため(北海道生まれのため元々暑さに弱い。。。)家から30分ほど歩いた距離にあった古い模型屋は、ガンガンに冷房が効いていて最大の楽しみであった。

店主はおばあちゃんと言った雰囲気なのだが、もうどうしようもなく毎回毎回トルクチューンモーターを改造してぶっ壊しては新たに買いにくる自分に、呆れることなく相手をし続けていただいた記憶がある。

ある日、そのおばあちゃんにプラスドライバーを生まれて初めて買おうと、T社のツールセット(たしか2000円くらい、2010年より前には廃版)を見ていると

"プロはプラスドライバーは使わないんだよ。マイナスドライバーだけでいいの"

と、後に人生観の大半にさえ影響を与えられるような一言を受けたのだった。

....それから15年。組み立てるものはミニ四駆ではなくなりエフェクターに。組み立て場所も名古屋ではなく各地となったが、いまでもマイナスドライバーが無いと何も始まらない。

単純にネジを回す。という作業は10%以下で、毎日のように届く資材の入った段ボールのテープを切ったり、基板面に実装する足の硬いリードパーツを折り曲げたり、ワイヤリングを美しく90度で折るために先端で抑えながら曲げたり、簡易的に導電させるようなチェックに使用したり...... 

と、まぁはっきり言ってドライバーとニッパーとはんだごてさえあれば十分にエフェクターは作ることができる。

一時的な海外でのプロトタイピングや、エフェクターいじりが多い自分にとっては必ず旅の際にもこのマイナスドライバーは持ち歩くことにしている。(エアラインによってはチェックイン時に多少質問される場合があるので注意)

さてマイナスドライバーといっても、コレじゃ無いと絶対にだめなのであるが、写真だとあまりにも使い込みすぎてよくわからないので詳細を記す。

PB SWISS TOOLS 120-0-60 0.4×2.5 というモデルである。

基本的にはオレンジ色の一般バージョンと、ESD(静電気放電)対応の黄色のバージョンがある。

ちなみにこのモデルは2010年代に廃盤となり、後継としてPB 8128というモデルがあるが、

全長が173mmと今のモデルはちと長すぎるので、

PB 8128 0.25 50というモデル(上記の143mmバージョンでオリジナル120-0-60に近い)が日本国内だと少し前に廃版になったばかりで在庫があるのでオススメである。

 

自分たちでもこのように、120-0-60はダース買いを数回していて50本か60本トータルで買っていたはずなのだが、周りのビルダーに布教活動をしたり(笑)、飛行機の中に忘れるなどして気づけばこのESD対応の黄色いものが2本のみである(!)

当然の如くスイス製なのだが、エンドキャップのスムースさ(便利さ)、グリップ部分の薬品耐性(アセトンに浸けまくっていますが、なんとか耐えます)、そして輝きが一切変わらない超高精度のバネ鋼ベースの特殊合金のドライバー部分は、、、もう国宝である。

ところで、冒頭のおばあちゃんの一言は誤解を招くかもしれない。確かに、プロは全てのビットを持っていたり、全てのネジに合致するような何十本ものドライバーを入れた工具箱を持っているのかもしれない。

しかし、たしかにプラスドライバーよりもマイナスドライバーの方が遥かに汎用的で、奥が深い。

普段足し算(+)では無く引き算の(-)の回路を。と自分に言い聞かせ続けている設計思想ももしかしたらこの辺なのかも。と思ったりする。

さて、次に重要なのがニッパーである。

自分といえばスウェーデンのLindstrom(Lindström)社のRX8148を、自分のシグネチャーのように、というかもう右手の延長のように長年使用してきたのだが、

PBのドライバー同様、なぜコレになったのかという話はイマイチ書くチャンスがなく。

まずそもそもニッパーというのはエフェクター作りにおいて、ほぼ一意的に"ワイヤーやリードをカットするもの"という役目しかない。前述のマイナスドライバーとは全くこの点で異なる。ここが何を選ぶかの最初のスタートとして非常に重要。

元々国産の1000円クラスのホームセンターで売っているようなニッパーでエフェクターの自作を始めたのが19の頃であったが、20になる頃には3000ー4000円クラスの国産の精密ニッパーでも満足できなくなり、そこでドイツのKNIPEX(クニペックス)と呼ばれるメーカーの"78 61 125"というモデルに切り替えることとなる。

主に、国産のニッパーと海外製ニッパーの違いについては切れ味の持続性と、グリップのエルゴノミクスさ(長時間使用の快適性)が圧倒的に違ったことを当時から記憶している。

この"78 61 125"は、プロでも使っている方々は非常に多く、本国ドイツではホームセンターで大量に並んでいたり国民のツールと言うべき老舗感がある。我々もLeqtique EVRでも使用用途はかなり限られるが、Max CU(銅) 1.6mmの太さという強靭な切断能力を活用して比較的大きな端子をカットしたり、といったことにたまーに使用する。これが1本も無いと言う状態はLeqtique (EVR)としても不健康的なのだ。

Knipex (Germany) - 78 61 125 

断面のフラットさ : 6/10

切断能力(キャパシティー)  :  10/10

切れ味の持続性  :  7/10 (ただし、数万回使ってからの安定度は極めて高い)

切断時の手への衝撃  :  4/10

グリップのエルゴノミクスさ  :  5/10

バネ部分の経年変化(へたりやすさ)  :  7/10

基板製造時におけるヘッドの精密性. : 3/10

総合点 : 6/10 (もちろんこの一本で全てがどうにでもなるが、向上できるポイントばかりである)

さて、この2013年のMusikmesse(NAMMのドイツ版)では既にLindstrom RX8148をバリバリしていることを見ると(前述のSwiss Toolsのマイナスドライバーは無論。実際はこんな使い方です。)、Knipex時代も1年ちょっとだったのだろうか。イマイチ覚えていない。

つまりは、Knipexではヘッドが大きく精密エレクトロニクス用という割に、ピンポイントでのリードに対するアプローチのしやすさが大きく欠けていたため、少しマニアックなニッパーを探すことにしたのだと思う。

結果的に、スウェーデンのLindstro(ö)m社に辿り着くのだがまず当時ニッパーの切れ味に対して海外では"SEMI FLUSH" "FLUSH" "SEMI FULL FLUSH" "FULL FLUSH" ("PERFECT FULL FLUSH")というようにカット後の断面の平面具合に応じて、ニッパーの段階が用意されていることに衝撃を受けたものだ。(後に書いたものに行くほど、断面が完全なフラットになる)

(ref : Ideal-tek SWISS)

RX8148は、Lindstromの精密エレクトロニクス/医療用ニッパーの中でもサイズ感やヘッドのサイズ、そしてFULL FLUSHであることから、エフェクター制作における完璧な品番であることは最初から明白であった。

(ref : Lindstrom tools SWEDEN)

また、このBIOSPRINGと名付けられた左、右利き、そして三段階の硬さの調整が可能な機構にも度肝を抜かれた。ちなみにコレに関しては耐久性に若干難があるが、アイデアと実用性は全てのニッパーの中でもピカイチ。

さてまず最初に入手したのは、2000年代製のMade in SwedenのLindstrom RX8148である。なんとなく記憶しているのは、トルコのジュエリーショップから購入したことだ。当時はまだ日本というか、EUの一部以外では流通もちゃんとされておらず各分野のGeek的なショップにしか置いてなかった。とはいえ、ダイアモンドのカットに使えるわけはないし、果て宝石の何に使うのだろうか.....

この時期のRX8148はバランスがずば抜けており、全てが高次元である。KNIPEX "78 61 125"から乗り換えると、自転車からテスラのEVに乗り換えたくらいの衝撃を受ける。ピボットポイントを中心とした完璧なバランス、20時間以上連続で使い続けても疲れることのないグリップ、ピンポイントアキュラシーでリードの先を捉えることができるヘッド、完璧にフラットな断面....

Leqtique (-2018)の製作の98%はこの時期のこのニッパーで担っていました。おそらく、7-8本は使用していたかと。

Lindstrom (Sweden) - RX8148

断面のフラットさ : 9/10

切断能力(キャパシティー)  :  5/10

切れ味の持続性  :  8/10 

切断時の手への衝撃  :  9/10

グリップのエルゴノミクスさ  :  10/10

バネ部分の経年変化(へたりやすさ)  :  7/10

基板製造時におけるヘッドの精密性. : 9/10

総合点 : 9/10 (いわゆる完璧)

 

さてここまで完璧だと、1990年代製の原点を追いかけたくなるもので...

Lindstromブランドになる前の、SANDVIK LINDSTRÖM時代のRX8148である。この型番が生まれて最初期のものだと思われる(なお、Lindstrom社自体は1856年からあり現存する工具メーカーで最古のものの一つである)。

もちろん、スウェーデン製のLindstrom RX8148と大きな差はないのだがコスメティック的には若干スウェーデンぽくないうすーーい青色がなんともクールであるのと、切れ味の持続性と、切断時の手へのショックの無さがもはやアートと言って間違いない次元である。

15年ほど前にEbayで買ったような記憶だが、コレは完全に家宝です。一部のSND #シリアルなどはこれのみでカットしPoint to Pointの基板を作ったりしていました。完全に一本しか持っていないので、引き続き出物を探し中。

SANDVIK LINDSTRÖM (Sweden) - RX8148

断面のフラットさ : 9/10

切断能力(キャパシティー)  :  5/10

切れ味の持続性  :  10/10 (30年経過しても、多分ほぼほぼ変化してない、普通に考えればありえないんだが...)

切断時の手への衝撃  :  10/10 (カットすることで少しはドンッとくるものだが、むしろカットすると心地良さすらある笑) 

グリップのエルゴノミクスさ  :  10/10

バネ部分の経年変化(へたりやすさ)  :  7/10

基板製造時におけるヘッドの精密性. : 9/10

総合点 : 10/10 (国宝。アートの領域)

 

さて、そんな完璧なRX8148であったが、2010年代から少し様子が怪しくなりどうやら会社はインターナショナルな成長を目指し、製造拠点も複数になった模様であった。そしてこのRX8148も例外ではなく、スペイン製のみとなる(2025年現在も)。

Lindstromブランドは、Lindström表記に戻され雰囲気はいいのだが(笑)、スペイン製造になったことで圧倒的に強度が不足してしまった。。。(正直それ以外のポイントはそこまで悪くなっていない)

5,6本を2017-2018年に購入してトライしたがどれも2、3ヶ月で先端が折れたり欠けたりしてしまうのである。もちろんMax CU 1.0mmは守っているのに。

ちなみにこれは友人のビルダーたちも同じことを言っているので、間違いない。

Lindstrom RX8148は上記写真を参考に古いものを買っていただきたい。

 

LINDSTRÖM (Sweden/Spain) - RX8148

断面のフラットさ : 9/10

切断能力(キャパシティー)  :  5/10

切れ味の持続性  :  1/10 (数千回のカットで欠けたり、折れる)

切断時の手への衝撃  :  8/10 

グリップのエルゴノミクスさ  :  9/10 (若干スウェーデン製よりも硬い)

バネ部分の経年変化(へたりやすさ)  :  7/10

基板製造時におけるヘッドの精密性. : 9/10

総合点 : 3/10 (たまにしか使用しないならばいいのだが....)

 

さて、Lindstrom RX8148が完璧だ、最高だと満足していたLeqtique時代。もちろん他の最高峰のエレクトロニクス/医療用のニッパーも漁っていたのでそちらもご紹介する。

まずはスイスのErem社の2476TX(-1,-2)である。

EremはPB Swiss Tools同様、完全にスイスで完結している貴重なメーカーなのだが、現在ではUKのWeller Toolsのグループの傘下になっている。(..ので、今後どうなのか不安..)

写真に写っているのは、その前の時期のものだが、超硬度のタングステンカーバイドを使用したニッパーを2010年代当時は唯一使用して、精密ニッパーを作っている会社であった。

特筆すべきは、そんな特殊な素材を使用したこの2476TXと576TXである。

ギリギリ、エフェクター製造において快適に使用できるヘッドの小ささと、FLUSHさを備えている。とはいえ、ピアノ線も切断可能なこの材質の精密ニッパーは現代でも非常に貴重であり、長期的にテストしていた。

その結果、このような欠け方をするのである。超硬度の素材らしいなと思ったものである。残念。。。(ちなみにこの個体は、盟友CULT 細川氏よりお裾分けしてもらったもの)

ただし、バネが一切見える場所になくヘタリを全然感じさせないスムースな機構は今も変わらず群を抜いている。

EREM (Swiss) - 2476TX

断面のフラットさ : 7/10

切断能力(キャパシティー)  :  10/10

切れ味の持続性  :  4/10 (年単位の長期使用では折れる可能性が高い)

切断時の手への衝撃  :  6/10 (タングステンカーバイド由来か)

グリップのエルゴノミクスさ  :  8/10

バネ部分の経年変化(へたりやすさ)  :  10/10

基板製造時におけるヘッドの精密性. : 6/10 

総合点 : 6/10 (スイス製らしい味付けは他では得れないが、不完全に感ずる)

次に、Tronex 5421をご紹介する。

これは2014年にノルウェー北部のマニアック工具専門店に訪れた際に、本来は超音波ハンダの機械(スイス製)を試しに行ったはずなのだが、そちらは売り切れておりいいニッパーない?と聞いたらこれを出された。

アメリカ製の工具だと言われてあまりピンと来なかったが、北欧の人間に"これはヤバい"と言ってお勧めされたらそりゃ買うしかないということで。

こちらは実は、それ以来10年以上ずっと個人的なプロトタイピングや、たまに使用しているだがかなりの個性派で非常に素晴らしい。(まさに今は、どこかに行ってしまっていて写真が撮れないが....笑) まずは数字で見ていただきたい。

Tronex (USA) - 5421

断面のフラットさ : 10/10

切断能力(キャパシティー)  :  4/10

切れ味の持続性  :  8/10 

切断時の手への衝撃  :  7/10 

グリップのエルゴノミクスさ  :  9/10

バネ部分の経年変化(へたりやすさ)  :  9/10

基板製造時におけるヘッドの精密性. : 10/10 

異次元なのが、断面のフラットさと、超超小型ヘッドからくる基板上での敏捷性である。この2点に関してはこのニッパーを超えるのは将来的にも不可能ではないのかと思う。

USA製で最高金額のExcelta社のニッパーもTronexのOEM品なのでは?と睨んでいる(笑)

妙に小さ位割にグリップは熱く、小型のヘッド(85-90sq)のテニスラケットとでもいうべきようなバランス感は人によってはドンピシャだと思う。

もう一度言うが、切断面のフラットさとヘッドの小ささは異次元である。なお、案外10年単位で見ても切断力は持続している。

総合点 : 8.5/10 (RX8148とは別路線で、肉薄する点数!凄い。)

 

さてEVRになった2025年、これらのストーリーがどうなったのか。

やっぱり答えはスイスでした。

続きはまた明日に。

 

Shun Nokina